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ポルソナーレ式イメージ切り替え法 NEWSLETTER 第230号
11期14回め平成21年8月22日
脳の働き方と言語の学習回路/浅見鉄男「井穴刺絡・免疫療法」

脳の働き方のメカニズム・おとなと子どもの脳の発達のさせ方
分裂病と無縁の日本語の表現術
「後藤式文章の技術」(後藤禎典)

エクササイズ:「尊大表現」を変える知性の学習モデル

はじめに

 ゼミ・イメージ切り替え法、中級クラス、スーパーバイザーカウンセラー認定コース、Aクラス、40のゼミをお届けいたします。
 今回の本ゼミは、日本人の精神分裂病は日本語がつくり出す、ということと、その対策をお話します。
 これまで、日本語の文法上の特性について大野晋(国語学者)や鈴木孝夫(言語社会学者)の学説をテクストにしてお伝えしてきました。日本人は、日本語を用いて話し、書く、ことをおこなわざるをえません。すると、どういう日本語の話し方や書き方が「分裂病」と無縁でいられるのか?が大きな関心事になります。今回は、ここにスポットをあててご一緒に考えます。

ポルソナーレ代表田原克拓

本号の目次

  1. 日本語は「主観」を表現するために発達させられた言語
  2. 連想と妄想の違いとは
  3. 痴呆とは何か?不適合とは何か?
  4. エクササイズ・尊大表現を変える知性の学習モデル
  5. 日本語の文法を正しく分かることが、正当な表現のための条件
  6. 日本人は、なぜ、親しい人間を踏みにじるのか?
  7. 日本人は尊大表現でなぜ、相手を「殺害」するのか?
  8. 生育歴の中でバッド・イメージを記憶すると自分も相手も破滅させるメカニズム
  9. エクササイズ、分裂病と無縁の日本語の表現術
脳の働き方のメカニズム・おとなと子どもの脳の発達のさせ方
分裂病と無縁の日本語の表現術
「後藤式文章の技術」
(後藤禎典、PHP出版よりリライト再構成)
日本語は「主観」を表現するために発達させられた言語

 本ゼミは、精神分裂病が日本人の心の病いのベースになっていることを説明してきています。精神分裂病とは、「精神が分裂する病気」(『ジキル氏とハイド氏』が分かりやすい例です)とか「全く別人格に変わってしまう病気」というものではないことは、よくお分りいただけていることと思います。「思います」というのは、「どうぞ、このような意味をご理解なさってください」という意味です。

 「精神分裂病」を初めて自然科学の対象として記述したのは「E・クレペリン」です。それまでは「単位疾患」として「病気」とは理解されていなかったので、社会から追放されて家の中のどこかに閉じ込められて動物並みの扱いをされていました。これは、日本だけでなく、世界中のどこでも同じような理解の仕方であったのです。

 精神分裂病の症状はさまざまです。共通する病理の核は「進行していく痴呆」であったから、どこの国でも動物並みの扱いを受けました。E・クレペリンが「独自のメカニズムをもつ病気である」という見解を確立しました。

連想と妄想の違いとは

 「精神分裂病」は、「連想の中に閉じこもる病気」です。「連想」と「妄想」とは違います。どう違うのでしょうか。「妄想」とは、ある特定の「ものごと」についての「認識」が「乖離(かいり)する」という思考の不均衡状態のことをいいます。ある「ものごと」は、その人自身が「こう見えた」「ああも見える」というように知覚をとおしてその「もの」との関係意識をつくり、記憶します。そのものごとは、その人が知覚する以前から存在しているはずなので、その人がどう見ようとも、無関係に存在しつづけます。

 しかし、妄想をつくる人は「自分がこう見たから、自分の見たとおりに、そのものは存在している」と関係づけます。

 関係づけるということは、誰でもおこなうあたりまえの能力です。その関係づけの内容は「不安」であるか「快感」であるかのいずれかです。

 「関係づける」ことは、一般的に文明なり、文化の継承の結果として成立します。「不安」や「快感」という内容は、両方とも、「主観の範囲内のことだ」というのが「妄想」ということの定義です。したがって、この「主観」は、学習によって「客観的な認識」に変わりうるものです。この時に、「妄想」は消滅します。

 しかし、「連想」は事情が違います。「連想」では、現実のものごとの認識が、新たな認識を生成します。

 「さよなら三角、また来て四角」「四角はトーフ」「トーフは白い」「白いはうさぎ」「うさぎははねる」と、部分的に関連する認識をつなげて連鎖させて表象するイメージが「連想」です。ここでは、現実の「ものごと」についての「認知」は無いという「負の経験同一化」による観念だけが「連想する人」にとっての全世界になります。このような心的な状態を継続させる人を指して「E・クレペリン」は『早発性痴呆』と定義しました。

 「痴呆」とは何のことでしょうか。

痴呆とは何か?不適合とは何か?

 「今、自分の居る場所が分からない」「自分の今の時刻など時間の経過を把握できない」「自分の身体の生活の維持の能力が低下している」など、一定の経験とともに獲得していた身体能力や言語能力、五官覚の能力が後退したり、退行化することをいいます。「独力で生きていくために必要な物や物事との関係づけの能力、他者と行動を一致させて同調させる能力」というものが、機能不全を起こして、それが継続しているという人間的な状態が「痴呆」です。

 このような「人間的な生活能力の退行化」をつくるのが「精神分裂病」です。この「精神分裂病」は、「その時代、その社会の中で最も知性の高い言語と不適合であることが原因でつくられる」ということを明らかにしたのがドイツの「H・ミュラー」です。「その時代の中で最も知性の高い言語が曖昧であったり、もしくは、曖昧に憶えること」が原因であるということです。

エクササイズ、尊大表現を変える知性の学習モデル

 では、「不適合」とは何のことでしょうか。日本語の場合の具体的な事例をあげてご一緒に考えてみましょう。

◎日本語の不適合のケース

ケース・1(別れぎわの挨拶。客を送り出すときの言い方として)「では、お気をつけてください」
《解説》

  • 「尊敬表現」のように見えるが、じつは「尊敬表現」にはなっていないので、「尊大表現」のグループに入る。
  • 正しくは「お気をつけください」と言う。「お気をつけ」というのが名詞である。「お」に「気をつける」という動詞の連用形をつけて名詞化されている。「ください」は「下さい」と自分を低く言いあらわして謙譲的な表現になっている。敬語の「お」や「ご」は名詞につくのが普通で、例外を除いて「動詞」には接続しない。
  • 「お気をつけて」のように「て」がつくと「気をつけ」は動詞になる。「お」はつけない。
  • 「お聞きください」とは言うが「お聞いてください」とは言わないのが文例になる。

ケース・2(相手からホメられたときの言い方として)「とんでもございません」
《解説》

  • 自分を謙遜して相手の「ほめ言葉」を打ち消す時に用いる。
    正しくは「とんでもないことでございます」と言う。
  • 「とんでもない」の『ない』が『ありません』に変化して、さらに『ございません』と変化した。
    「とんでもない」は、「途でもない」の「途でもな」までを語幹とする形容詞だ。「途方もないことだ」という意味で用いられているから、「とんでも」に否定の言葉がつくと思われている。「こと」をつけて「名詞」として表現する。
  • したがって、「とんでもございません」は「謙遜語」として成立していないので、尊大表現のグループに入る。

ケース・3(自分の子どもにミルクを飲ませる場面で)「ミルクをあげる時間です」
《解説》

  • 「あげる」は「上げる」といい、相手を上位に立てた時の謙譲語である。「花に水をあげる」「猫にご飯をあげる」も、不必要な対象にたいして「自分を低く位置づけている表現」となる。
  • 正しくは「ミルクをやる」「花に水をかける」「猫にエサをやる」と言う。
  • 自分を過度に低めて相手を高めると、実際には相手の「尊大語」を許容することに通じていく。『瓜子姫』(民話)の説話のエピソードの「二度目の殺害」の許容へと至る可能性がある。
    この過程で「分裂病」の症状の作為性や無為化の表現が、仕事、人間関係の中であらわれる。

ケース・4(妻が夫に向かって言う。あるいは、女性が恋人の男性に向かっての発言として)「弟に教えてあげます」
《解説》

  • この会話のパターンは、職場の課長が部長に向かって「部下の○○に、教えてあげます」というケースと同じである。
    日本語は、尊敬語を正しく使うことによって、自分の尊大語や尊大表現を防ぐ、という文法のメカニズムをふまえる必要がある、という好例である。
  • 正しくは「教えてやる」「教えてやります」(「やります」は、聞き手へのていねい語となる)と言う。
  • ここでは、「あげる」は「上げる」という尊敬語だから、目の前の聞き手の「夫」なり「恋人」なり、「部長」を尊大表現の対象に「見下している」ことになる。

ケース・5(職場の場面での発言)「社長がお見えになられました」
《解説》

  • 正しくは「お見えになりました」と言う。
  • 「れる」「られる」は、大野晋の日本語の語源研究によれば「自然成立」「自然推移」の意味だ。
    「遠くのものは、恐ろしいものだから成り行きにまかせる」「自分の手は加えない」というのが語源だ。これが「敬語」に文法化された。
  • 「お見えになりました」の「お」も敬語だ。
    二重敬語は、「敬語表現」としては誤りだというのが日本語の文法上のルールだ。「敬語表現」の不成立という意味で、「社長」に対して「尊大表現」をおこなっていることになる。

ケース・6(職場の会議の席で)「ただいま、社長がご説明いたされた件は」
《解説》

  • 正しくは「社長がご説明になった」「社長がご説明なさった」と言う。
  • 「いたす」は、「する」の謙譲語だから、相手の行為に使うのは誤りになる。
  • 謙譲語に「尊敬語」の「れる」をつけても敬語には転化しない。
  • ここでは「いたす」を尊敬語かていねい語かと思い、この「いたす」に「れる」をつけて敬意の度合を高めようとしたと考えられる。
    この考え方も二重敬語となって、尊敬語を壊している。尊大表現に転化する。

ケース・7(職場で、職場以外の人を自社の上役に引き合わせるという場面で)「○○さんをお連れしてまいりました」
《解説》

  • 正しくは「お連れしました」と言う。
    「お連れしてまいりました」は「お連れして来ました」の「来る」を「まいる」という謙譲語として用いている。すると、上役にたいして敬意をはらったつもりが本当は敬意をはらうべき相手の「社外の人」を尊大に扱い、見下していることになる。

ケース・8(職場で伝言を伝える場面。B課長へ、A課長の部下の自分が伝言を伝える、という状況で)「A課長が会議室へ来るようにとおっしゃっています」
《解説》

  • 正しくは「A課長が、会議室へ来られるようにと、申しておりました」と言う。
  • 職場でも「課」は、一つの内(うち)ととらえられる。すると別の課は「課外」となり、尊敬語の対象となる。自分の課の課長は「謙譲の形式」をとる。
  • 自社の人間を他社の社員に紹介するとか、あるいは話題に出すときは、たとえ部長であろうとも「佐々木が」と低く位置づけて謙譲の形をとるのと同じである。
    「内」と「外」とに区別して、「外」の人間には「謙譲語」を用いるというのが、日本語の文法形式になる。

ケース・9(職場の場面。部下が仕事を終えたときの発言)「お疲れさまでした」
《解説》

  • 正しくは、「ご苦労さま」と言う。
  • 日本語の慣習として目上の者へは「お疲れさま」、同輩以下の者へは「ご苦労さま」と言うのがルールになっている。
  • 「ご苦労さま」(同輩以下の人へ言う)と言うのは、「上位の者が下位の者をねぎらう言葉」だ。「ご」という敬意の語がついているので「敬語」と思われがちだが「よくやった」というねぎらいの意味だから、「上位者」に向かって言うと「尊大表現」になる。
  • したがって、葬式の会葬者(かいそうしゃ)に、遺族や関係者が「ご苦労さまでございました」と挨拶することは、「ございました」というていねい語をつけても「尊大表現」になる。
  • 「お疲れさま」は、「さぞかしお疲れでしょう」といういたわりを意味している。上司や目上の人へは「お疲れさまでした」「お疲れさまでございました」と言うのが正しい。

ケース・10(電話や、会話で相手の話をうながす、という場面で)「何かお話しすることはありませんか?」
《解説》

  • 正しくは、「お話になることはありませんか?」「お話しなさることはありませんか?」「おっしゃりたいことはありませんか?」と言う。
  • 「お話をする」というのは「自分が話をする」という「謙譲表現」である。この謙譲表現を聞き手に用いている。
  • 類似したパターンは「電話をおかけなおしてください」というケースだ。
    「おかけなおしする」のは自分の行為の表現である。
    このケースでは、「おかけなおし下さい」と言うのが正しい。
    「おかけなおしして」の「して」は「する」の語形変化だ。
    自分が「かけなおす」という説明ならば正しい表現だ。
    これも「尊大表現」だ。ていねいに頼んでいるつもりでも、尊大に高見から見下した言い方になっている。
日本語の文法を正しく分かることが、正当な表現のための条件

■国語学者・大野晋によれば、日本語(和語)の文法の成り立ち方の事情とは、次のようなものです。

@日本語の言葉は、図式化していえば「内(うち)なる我」と汝との間だけでしか使われてこなかった。
一人称、二人称、三人称という平等な三極があるのではなくて、内(うち)なる馴れ合える間柄で、主として言葉が使われた。

Aそこでは、自分と相手との隔たりをいかに扱うか?に大きな関心がはらわれた。

B内(うち)なる存在である相手は、自分に対立する相手ではない。また、利害の相反する相手ではない。そこで、相手が自分で自分を呼ぶ称をそのまま模倣して相手を呼ぶ名とするという呼び方が成立した。
(若い妻が夫に対して「ぼく、今日、何時に帰る?」。また、母親が子どもに向かって「ぼくちゃん、今日は、学校で何を勉強したの?」など)。

C日本語の社会では、「内(うち)の人間」の間では言葉を交わす、「外(そと)なる人間」は、ヨソ者として排除する。「外(そと)なる人間」は、恐怖の対象、妖怪などと同列に扱う。そこでは人間関係を結ぶとは考えられない。

Dだから、日本語の表現には、誰にでも事実だけが分かるような客観的な中性的な表現が乏しい。つねに「親疎の観念」のともなう表現が多い。

Eまた、よく知り合った仲だけで言葉を交わすから、そこには「省略語、省略文」が多い。

F日本の原始社会の人々の心性では、「内(うち)」は「安心できるよ」「親愛できる」「なれなれしくできる」そして「時には、侮蔑、尊大にまで発展する」という「所」(空間)だった。
「外(そと)」は、「恐ろしい場所」、「恐怖の場所」「妖怪や神がいる場所」だった。
そこで、外(そと)のものは「成り行きのままとして扱う」(日本語の自発の助詞の『なる』『らる』『ある』。これがそのまま、尊敬語の表現形式になった)。

  • 謙譲語…「努力いたします」(いたす)、「会社におります」(おる)、「出来ないと存じます」(存ずる)、「田中と申します」(申す)、「おもしろい話をうかがった」(うかがう)
  • 尊大語…「努力する」「会社にいる」「出来ないと思う」「誰だかは知らない」「田中という」
日本人は、なぜ、親しい人間を踏みにじるのか?

■大野晋が『日本語の文法を考える』(岩波新書)でのべているところの要旨をまとめると、次のようになります。

?現在の日本人の「対人」における「尊敬」の意識は、相手を「高く扱うか、低く扱うか」という「上下の判断」にもとづく場合が、もちろんある。だが、日本人の「尊敬の判断」の基準は、「相手を内(うち)の存在」(馴れ合う関係の対象)と扱うか、「外(そと)の存在」(疎遠の関係の対象)と扱うか、ということだ。

?日本人の「尊敬」の意識は、個人にたいしての理解や評価、価値判断とは無関係である。
したがって、いったん「外(そと)の対象」であると扱うと決めると、それまでの「尊敬の扱いの事実」は消滅する。したがって、日本人の「尊敬」の意識は、次のとおりの順序で変化するメカニズムをもつものだ。

  1. 恐怖
  2. 畏怖(いふ。恐ろしくてふるえること)
  3. 尊敬(尊いものとして敬うこと)
  4. 敬愛(尊敬するとともに親しみの心情をもつこと)
  5. 親愛(親しみを感じている様子)
  6. 愛狎(あいこう。趣味のように交わり合いつづけて愛好すること)
  7. 軽蔑(相手にするだけの価値がないものとして見下すこと)
  8. 侮蔑(ぶべつ。その存在を無用視すること)。

「尊敬」は、このような経過をたどるということの実証例が「貴様と俺の仲」「貴様は、盗人か」(相手を罵倒するときの言い方)だ。

?日本語は、相手を「疎遠のもの」として扱うことが「相手を尊敬している」ということになる。
そこで、「る」「らる」という助動詞が「尊敬の表現」に用いられる。「相手の動作に対して自分は、手を加えていない、何ら干渉していない、関与していない」という意味が根底にある。このようにして、助動詞の「る」「らる」は、「自発」「可能」「受け身」「尊敬」という4つの表現の形式をもつに至った。

日本人は尊大表現でなぜ、相手を「殺害」するのか?

 大野晋が日本語の起源を解析していることで重要なことは、「尊敬の対象」(外(そと)なる存在)が「内(うち)の存在」と見なされると、なぜ、「軽蔑」や「侮蔑」の対象と見なされるのか?です。これは、前回の本ゼミでもご紹介した「日本語そのものの生成の起源」に由来しています。

 民話『瓜子姫』の説話の中にその由来のエピソードが伝えられている、と大野晋は説明します。

 もういちど、要旨をご一緒に確かめます。

@神話学者アドルフ・イェンゼンはニューギニアの「マリンド・アニム族」の神話『マヨ』という祭儀を報告している。「少年少女の成人式の儀式」「ココヤシの豊穣を求める儀式」である。

  1. 「マヨ儀礼」は、満月の夜に始められる。成人式のために選ばれた少年少女は、5ヵ月間、藪(やぶ)の中で生活する。
  2. 第1日目に、「マヨの母」に仮装した多くの男らが現れて、「受戒者」を広場に連れていく。「受戒者」は、「ヤシの根」以外の食物は与えられず、衣服をはぎとられる。太古の社会と時代には、まだ食物など無かったことを象徴する。
  3. 「マヨ儀式」のしめくくりは「殺害者の父」があらわれる。
    「マヨの娘」と指定された少女を殺すためだ。「マヨの娘」は、藪(やぶ)の中につれていかれて、祭りに参加した全ての男たちによって生殖行為を受けた後に殺害される。
    そしてその少女の体は食べられ、骨は「ココサシ」の根元に埋められる。血は、ココヤシの樹に塗られる。生殖の力を得た少女の血は、ココヤシの果樹の豊かな実りをもたらす、と伝えられる。

A「神話」の物語は、その当時の時代と社会の「食物の手に入れ方」を語る説話で構成されている。「マヨ神話」では「ココヤシ」が主な食物であったことが語られている。
「J・アレクサンダー」「D・G・コーセイ」の研究によれば、太古の古代では「ヤマイモ」「トロロイモ」「トコロイモ」が主な食物だった。分布は、「イモ」の原産地一帯が同じ食物を摂っていた。(現在の南アメリカ北部、インド中部、南アジア、オーストラリア北部、など)。
この一帯では、同じパターンの神話が継承されている。

B太古の日本では、ドングリ、クリを経て、「ヤマイモ」の一種の「トコロイモ」が栽培された。そして、マヨ神話と同じパターンの儀式がおこなわれていた。縄文中期の頃である。日本では、「女性の殺害」の代わりに「土偶」(どぐう)が作られて、ばらばらに破壊されて広い地域に分散して埋められた。これは、「マヨ神話」と同じように、「殺害と新生」が「トコロイモ」の豊穣を願った儀式をものがたるものだ。

C「マヨ儀式の神話」に相当するのが、日本では『瓜子姫』の説話だ。説話のパターンは、次のとおりだ。

  1. 川上から瓜が流れてくる。
  2. 瓜から女児が生まれて、トコロイモを食べて成長する。
  3. その女児は「姫」と呼ばれる。
    「機織(はたおり)」が上手で、富をもたらすようになる。
  4. 育てた老夫婦が山に「トコロイモ掘り」に行く。
  5. この富をもたらすことに不幸をもたらす存在の「天邪鬼」(あまのじゃく)が家の中に侵入する。
    着物をはがれ、木にしばられて、まな板の上で刻まれて、手、指、骨を残して食べられる。この「瓜子姫」の身体部位と血が「ソバ」「ヒエ」「アワ」の根元にまかれて、以来、豊穣が約束される。
  6. 日本の「瓜子姫」は、「縄文中期」には「神話」だった。だが、日本に、「スサノヲノミコトが出雲に降下し、大蛇を退治して、その尾からクサナギの剣を得た」(『古事記』)という神話が登場すると、「米」(稲)が主な「食糧」になって、「トコロイモ」の地位は落ちた。同時に『瓜子姫』は「神話」から「民話」になった。

    ここで、次の説話が加えられた。
  • 天邪鬼は、瓜子姫の皮をはいで化けた。
  • 「瓜子姫」に化けた天邪鬼は「嫁入り」しようとする。(さらに実害を拡大しようとする)。
  • 村の人々は、同じ「内(うち)の者」としてこの天邪鬼を殺害する。天邪鬼の身体をバラバラにして畑に投げこむ。
  • 天邪鬼の血は、「アワ」「キビ」「ソバ」を豊かに実らせて、米(稲)に次いで豊かな「食物」をもたらした。
生育歴の中でバッド・イメージを記憶すると自分も相手も破滅させるメカニズム

■ここにある「二度目の殺害」が「外(そと)のもの」にたいする「扱い方」の原型になっています。

 そしてこれが「日本語の文法」の助詞や助動詞、「人称代名詞といわれるもの」「敬語、尊大語」の「了解」と「関係」を裏付ける意識の原型にもなったのです。

 日本語による「尊大語」「尊大表現」は、「二度目の殺害」に象徴されるとおり、「米」(稲)に次ぐ「副次的な利益」(現代の日本人でいうと中隔核によるバッド・イメージの快感とドーパミンの分泌のことです)のために「殺害される」という「不適合」を示すのです。この「副次的な利益」は、「米」(稲)というメインの安心の享受よりも、中隔核の記憶するバッド・イメージの度合いによって、ドーパミンの享受の仕方を次の深化の道のりのとおりに、進行の仕方をあらわします。

  1. 親愛…自分の感情を一方的に相手と同化させる。(吸収、同化、一体化によって自己感情と同一化する。即ち、自分が不安になると、自分の不安のとおりに相手を虐待する)
  2. 愛狎(あいこう)…自分の不安の恒常的な状態をつねに安心に変えることを、相手に強要する。(この強要が得られないときは虐待する)
  3. 軽蔑…自分の中隔核のトカゲの脳の分泌するドーパミンを供給しないと見なした対象を、無価値のものだと、否定する。
  4. 侮蔑…自分の中隔核の記憶のとおりのバッド・イメージの表象する言葉と行動の対象にする。

この1. 2. 3. 4. の「安心の享受」のプロセスが「尊大表現」となり、「尊大語の表現」の根拠になるのです。これが、日本で「弥生時代」につくられた日本語(和語)の文法の原型になります。

エクササイズ、分裂病と無縁の日本語の表現術

■このような「日本語」の文法の原型像を正しく理解することは、日本語のもつ徹底して「外の対象」を無為に化し、やがて破壊にまで行きつくというメカニズムを乗りこえるという日本語の表現の仕方になるでしょう。

 その日本語による表現のモデルとは、次のようなものです。

■後藤式「文章の技術」
 (わかりやすい文が書ける明快ルール。PHP研究所・刊より)

◎「ひとつの文の中に連体修飾語と連用修飾語がある場合、その並べ方に注意する」

◎悪い例
 @昨日の見事に対策が成功した。
 AB社は新たな先月戦略を発表した。

◎良い例
 @
 a.昨日の対策が見事に成功した。
 b.見事に昨日の対策が成功した。
 A
 a.B社は先月新たな戦略を発表した。
 b.B社は新たな戦略を先月発表した。
 c.先月B社は新たな戦略を発表した。
 d.先月新たな戦略をB社は発表した。
 e.新たな戦略を先月B社は発表した。
 f.新たな戦略をB社は先月発表した。

◎後藤禎典の説明

  1. 「名詞」=体言。「動詞」=用言。
  2. 体言を含んだ文節を修飾する修飾語を「連体修飾語」という。用言を含んだ文節を修飾している修飾語を「連用修飾語」という。
  3. 用言には、動詞の他に「形容詞」「形容動詞」が含まれる。
  4. ひとつの文の中に「連体修飾語」と「連用修飾語」の両方がある場合は、「説明を加える相手の語よりも前に置く」という原則にもとづいて並べる。
  5. 「連用修飾語」は、「連体修飾語」とその「被修飾語」との間に割り込むことができない。
  6. 同じ修飾語であっても、「連用修飾語」は文の中でその位置は比較的自由であるのに対して「連体修飾語」はその被修飾語との一体感が強く、その位置にかなりの制限がある。

■日本語によって「精神分裂病」を生成する「不適合」を生むのは、まさにその「日本語」そのものです。

 後藤禎典の示す文例を、「新生児」「乳児」「乳・幼児」の「脳の働き方」の「言葉の生成のメカニズム」を基準に立てて判断すると、次のとおりの「モデル文」になります。

@の文例
  「昨日の対策は見事に成功した」。
Aの文例
  c.「先月B社は新たな戦略を 発表した」。

 「Y経路」の認知と認識は、「全体とは何か?」「全体の中の部分とは何か?」のメタ言語を表象します。そこで「この文章を読む人は誰か?(距離のある対象との敬語、ていねい語、謙譲語の基準を示す)」を想定することが必要です。さらに、@とAの文章は、「どういう状況で成立するのか?」の前提が、文章のモチーフをつくる語句(概念)の選択の基準になるのです。
  (「文脈の意味の成り立たせ方」「否定語句を肯定句に変えるケース、変えないケースを判断する」)。
  さらに、「いつ」「誰が」「どのような目的で読ませるために書くのか?」の条件によって、「名詞」(具体的な事物の名称)「名詞句」(形式形容詞)(「AはBである」の抽象的な形容表現のことです)が選択されます。

 一つの文ないし文章の背景では、概念はおよそ「7分の6」が未表現(メタ言語)のままになっています。その「7分の6」を示すのが「抽象名詞」もしくは「名詞句」です。(「…のこと」「…となる」で定義される名詞的な表現です)。これは、文例に書かれた「文」を、「話し言葉」で話す、という状況を想定してみるとよく分かります。

  1. 1人の人に話す。
  2. 2人の人に話す。
  3. 5人の人に話す。
  4. 20人の人に話す。
  5. 100人の人に話す。
  6. 1000人の人に話す。

 このような状況を想定して「自分の口で、自分の話し言葉として7分の6の言葉を含めて話す」ということが成立する時に、その時の文章は「書くべきモチーフ」を正当に成り立たせている、といえるのです。この時に「聞き手」による「評価」は約30%の評価を得る、という程度の「内容」の表現が望ましいといえるでしょう。

ゼミ・イメージ切り替え法 NEWSLETTER 第230号 一部掲載

関連
分裂病の解体学・VI 「日本語」(金田一春彦)


連載
前回:「裁判員裁判」制度 日本型の分裂病の対策とアドバイス・V
次回:再生と変革のための日本語の能力 「数学入門」(上)

参考:脳の働き方の学習のご案内

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人の性格(ものの考え方)が手に取るように分かる「心の観察学」

心の病いに感染させられない「人間の関係学」がステキに身につきます。

心の病いを救出する、心と心をつなぐ「夢の架け橋術」

相手に好かれる「対話術」がまぶしく輝くので、毎日が心の旅路。

相手の心の働きのつまづきが正しく分かって、「正しい心の地図をつくれる」ので、損失、リスクを防げます。

性格のプロフィールが分かるから正しく「教え・育て・導く」ができる本物の社会教育の実力が身につきます。


よくある質問

学校に行くとイジメがこわいんです。私にも原因ありますか?

怒りっぽいんです。反省しても、くりかえしています。治りますか?
脳と心の解説

「仕事・人生・組織に活かすカウンセリング」です。他者の心身のトラブルを解消できれば、自然に自分の心身のトラブルも解消します。

プロ「教育者」向けのカウンセリング・ゼミです。
人間は、誰でも「気持ちが安心」しないと正しく「ものごと」を考えられません。

「脳を最大限に発達させる」が教育の狙いと目的です。「指示性のカウンセリング」とは、 「一緒に考える」「共感し合って共に問題を解決する」カウンセリング術です。ものごとには「原因」(脳の働き方)があるから「結果」(心身のトラブル)があります。

「脳の健康を向上させる」、が教育のテーマと目標です。「指示性のカウンセリング」は、「考えたことを実行し、考えないことは実行しない」 という人間の本質を、最後まで励まし、勇気づけるカウンセリング術です。

脳の働きがつくる「人格=パーソナリティ」を育てる!が教育の方針です。
「指示性のカウンセリング」は社会性の世界(学校・仕事・社会の規範・人間関係のルール・合理的な思考)と正しく関わる!を一緒に考えつづけるカウンセリング術です。

ストレスに強い、元気に働く「脳」に成長させる!!が教育の魅力です。
「指示性のカウンセリング」は五官覚(耳、目、手、足、鼻)を正しく発達させて、言語の能力も最高に発達させるカウンセリング術です。


脳と行動の診断

「心の病いの診断学」が楽しく身につきます。

心の病いの予防と解消の仕方の「人間の理解学」が身につきます。

心の病いに気づける「人間への愛情学」が驚くほど身につきます。

「交渉術」の知性と対話の能力が目ざましく進化しつづけます。

相手の心の病理が分かって、正しく改善できるので心から喜ばれます。「心の診断術」

病気になるということ、病気が治るということが正しく分かる、最高峰の知性が身につきます。


よくある質問

朝、起きると無気力。仕事にヤル気が出ません。うつ病でしょうか?

仕事に行こうとおもうと、緊張して、どうしても行けません。治りますか?
バックナンバーの一部を9期後半分より、随時掲載していきます。
詳しくは下記をクリック
 ゼミ・イメージ切り替え法
 バックナンバー第7期まで
 バックナンバー第8期から
 ゼミ・イメージ切り替法の詳細
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 自立した女性の性と家庭教育ゼミ
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 戦う男性の社会教育ゼミ
入会も随時受け付けています。
入会と同時にご希望のバックナンバー等、ビデオ(DVD)学習で、学んでいただけます。


ゼミの見学、ゼミのバックナンバービデオ(DVD)試聴も無料です
ニューズレターと共にお送り致します。 詳しくは「入会案内」をご覧下さい。
ポルソナーレのゼミの様子をYouTubeに公開しました。

脳を発達させる日本語トレーニングペーパー

一部公開しました。
トップページ NEW! 年間カリキュラム 学習の感想と学習成果 「日本人の思考」と「谷川うさ子王国物語」と「グローバル化の恐怖」
学習内容(サンプル) 「言葉」 日本語の影響。その仕組みと感情、距離感、人間関係について
「脳を発達させる日本語トレーニング・ペーパー」の役立て方の資料
『分裂病の自己診断表と自己診断』
男性に嫌われない女性の話し方
女性に嫌われない男性のしゃべり方
を教えます

ポルソナーレのマスターカウンセリング

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「第19期」(平成29年・2017年)ゼミ、開講中!
受講生の皆様へ 平成25年冬版 ポルソナーレからの真実の愛のメッセージ
受講生の皆様へ 平成25年5月5日 版 ポルソナーレからの真実の愛のメッセージ 詳しくはこちら!
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時代の病理デウスドクター初期ノート ハンナ・アーレントの哲学入門 『人間の条件』 谷川うさ子
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