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カウンセラー養成ゼミ NEWSLETTER 第226号
11期15回め平成21年9月12日

ハーバード流交渉術・脳の働き方と言語の学習回路
浅見鉄男「井穴刺絡・免疫療法」

脳の働き方・言葉の生成のメカニズム
言語の生成・V
分裂病の解体学・VII
日本語の主観・客観・中立表現の構造

はじめに

 カウンセラー養成ゼミ、中級クラス、スーパーバイザーカウンセラー認定コース、Aクラス、41のゼミをお届けします。
 日本人は、日本語のもつ文法の見えざる思想によって「精神分裂病」を生成しています。
 精神分裂病は、「一期」「二期」「三期」というように進行します。「三期」が、E・クレペリンのいう「早発性痴呆」の症状の出現期です。日本人は、日本語によって表現可能な「客観性の表現」や「中立性の表現」と不適合を起こして「一期」「二期」の精神分裂病を進行しつづけています。今回は、日本人の衰弱の根拠の不適合の構造についてご一緒に考えます。

ポルソナーレ代表田原克拓

本号の目次

  1. 「日本語」をどう見るか?の理解の基準について
  2. 大野晋は、『日本語の文法を考える』(岩波新書)の中で次のように書いています。
    名詞
  3. 名詞文
  4. 動詞
  5. 動詞と助動詞
  6. 助動詞の意味
  7. 敬語のメカニズム
  8. 否定形の主観の内容
  9. 日本の言語学
  10. 日本語の「動詞」の変化
    (金田一春彦『日本語』(下巻) 岩波新書より)
  11. 日本人の「主観」の構造
  12. 日本語による「中立表現」と「客観表現」の対策

脳の働き方・言葉の生成のメカニズム 言語の生成・V
分裂病の解体学・VII
日本語の主観・客観・中立表現の構造

「日本語」をどう見るか?の理解の基準について

 国語学者・大野晋の解析によりますと、「日本語」というときは「和語・やまとことば」のことをいいます。縄文時代の前期の頃には、現在の日本語の「話し言葉」に似た言葉が話されていたと推測しています。これを原日本語といいます。大野晋の考察では、縄文時代の晩期に南インドのタミル語が入ってきて、現在の日本語の「話し言葉」の文法の基礎が完成しました。

 弥生時代になって、朝鮮半島から渡来人(とらい人)がやってきて、日本に住みつきました。

 この時に、「漢字・漢語」も持ち込まれました。この漢字・漢語が「書き言葉」と「話し言葉の文字化」をつくりました。

 その後、約1000年をかけて「漢字・漢語」の輸入がつづきます。この1000年は、「話し言葉」と「書き言葉」の分離と相互影響の状況がつづきます。「和語・やまとことば」を使った文法の強化と、漢字・漢語を使った現実の認識の仕方の拡大がおこなわれたと説明されています。この日本語の使われ方を、現代の日本人もほぼ同じようにおこなっています。その日本語の使い方とは、どのようなものでしょうか。

大野晋は、『日本語の文法を考える』(岩波新書)の中で次のように書いています。
名詞

?名詞とは、「机」「人々」「忠誠」「頻度」「交錯」のような言葉のことだ。
対象を、「物」や「性質」や「事柄」として把握して名付けた名前である。
また、「遊び」「眺め」「日暮」も名詞だ。
「行動」や「状態」を「一つのもの」「一つのこと」として把握して、表現している。

?では、動詞とはどのようなものか。
「鳥が飛ぶ」の「飛ぶ」。
「本がある」の「ある」
「ピカリと光る」の「光る」
「すてんところぶ」の「ころぶ」
が動詞だ。
「飛ぶ」は、飛ぶ動作が、時間という場で進行しているという「判断の表現」である。
「ある」は、「ある」という状態が、時間という場で「持続している」という「判断の表現」である。
「光る」「ころぶ」は、その作用、動作が「一瞬」という短い時間の間に起こるという「判断」の表現である。
「動詞」とは、「動作」「状態」「作用」が「時間」という場で「進行」し、「持続」し、「生起している」という判断を表現する。
「名詞」は、「動作」「状態」「作用」を指している。だが、それ自身を「一つのもの」「一つのこと」として固定させて、「対象」として取り扱う表現の言葉だ。

?「形容詞」や「形容動詞」は、「あるもの」「あること」が、話し手にとって時間の進行に関係なく「ある性質」「ある状態」にあるととらえ、判断をくだす表現だ。

?日本語(和語)には抽象名詞が少ない。「抽象名詞」は「文末」にきて「名詞文」をつくる。「形容詞」も「文末」に来て「形容詞文」をつくる。
「名詞」と「形容詞」は、本質的には共通の性質をもつ。
形容詞文とは、
「一切は無常なり」
のような文だ。
「AはBである」という形であらわす文だ。「一切」という抽象名詞の題目を「無常」という抽象名詞で「なり」と判断を下す。
こういう「AはBである」の文型を「名詞文」とも「形容詞文」ともいう。
日本語はこのような「形式形容の文」は成り立ちにくい。
「万物は流転する」
のように、具体的な物によって、動詞の文型の「動詞文」で終わらせるのが日本語の特徴だ。
ものごとを「抽象化する」とは、現実の個々の事例を別々に取り扱わずに、「普遍化して取り扱う」ということだ。法則性を見出して「一般化」して取り扱うということである。

名詞文

?「名詞文」もしくは「形式形容文」(形容詞文)とは、
A is B.
の形に還元するということだ。
「抽象名詞」を「文主」に立てる表現の仕方である。
ものごとを一般的な「物の性質」としてとらえる。個々の出来事を「事の本質、性質」が現象したものにすぎないと見るのだ。日本語には、抽象名詞や抽象形容詞が少ない。だから、
AはBである
のような名詞文、形容詞文が少ない。
これは、ものごとについて考えた結果を体系的にのべる、全体にわたって抽象的にものごとの本質をとらえるという表現の仕方で「世界」や「社会」を考えることが少ないということだ。

動詞

?日本語では「形容詞」と「動詞」は、そのまま文の終わりに来て、「話し手」の判断や叙述を言いあらわす言葉のことだ。
違いはどこにあるのか。
形容詞…「長い」「白い」「うれしい」「さびしい」(iという音で終わる)
動詞…「立つ」「起きる」「捨てる」(終止形がuという音で終わる)

?形容詞と動詞は、ものごとの状態や動作をとらえる。
その相違の根本は何か?

◎形容詞の例
「ふとい」「しろい」「あかるい」「ほそい」「あかい」「ひろい」「よわい」「たかい」「かなしい」
◎動詞の例
「ふとる」「しろむ」「あかるむ」「ほそる」「あかめる」「ひろがる」「よわる」「たかめる」「かなしむ」
形容詞と動詞で、同じ語根をもつものを対比した。
形容詞は、ものの性質や状態を時間による変化とは関係なしにとらえる表現である、と定義される。
動詞は、時間の場において生起し、進行し、継続してゆくという面からとらえた表現である。形容詞と動詞の違いは、「事態」を時間の面にかかわらないでとらえるか、もしくは時間の面にかかわってとらえるか、にある。

?日本語で表現するときに下す判断の種類は、次の四つの類型である。
1.肯定…「…である」「…する」
2.否定…「でない」「…しない」
3.意思、推量…「…う」「だろう」4.確認、回想…「…だった」「…した」
これらは、形容詞や動詞の叙述が終わった段階で、文の終わりに加えられる。その言葉を「助動詞」という。

?「名詞文」の肯定判断の様式。
1.「○○は○○である」
2.「○○が○○である」
「である」という言葉は、「にてある」の約である。室町時代に成立した。古典語では「にあり」と表現していた。
「あり」は「有り」のことだ。
肯定の助動詞「にあり」「である」には「存在」の動詞「あり」が複合している。
「にあり」という言葉は奈良時代から使われはじめた。
平安時代になって「にあり」から「なり」に転じて広く使われるようになった。
「にあり」の成立以前には、名詞文で肯定判断をあらわすときは「ぞ」を使っていた。
さらに古くは「そ」を使っていた。
たわや女(め)の心乱れて縫へる衣そ(である)(万葉三七五三)
春の野に抜ける茅花(つばな)そ(である)召して肥えませ(万葉一四六○)

?奈良時代から「そ」に代わって「にあり」の使用が目立ってくる。
平安時代にかけて「なり」という指定の助動詞が確立した。
ここで、「推量」「否定」「回想」の助動詞を、動詞文にならって加えることが可能になった。
同時に、「形容詞」の「連用形・ク」の下に「あり」を加え、さらに助動詞をつけて「高からず」「低かりき」など「否定」や「回想」の表現を可能にした。また「なり」を語尾とする「形容動詞」をつくり出した。
これは、「漢字」の訓読によって促進されたと考えられる。

?「名詞文」は、本質的に「時間の経過」とは関係なしに下す判断の表現である。
肯定と否定とが、その主な表現の形式で「未来」や「過去」が深く関係することはない。
しかし、文の末尾に「動詞」をもつ「動詞文」は、本質的に時間と関係が深い。

動詞と助動詞

?「動詞」とは、時間という場面で「ものごと」の動作や作用が「生起」「進行」「継続」している、とする「話し手」の判断を表現する。だから、動詞による表現は、その「動作」「状態」「作用」が「もはや確実におこなわれたか」「現に持続しているか」「将来起こるだろうと予測されるか」といったことが本質的な問題になる。つまり、動きと時間との関係がいつも意識されるのが「動詞」による表現だ。

?話し手は、時間という場面での動作、状態、作用について判断する前に、まず明らかにしようとすることがある。
これが「日本語」の特性である。
1.その動作や作用は自然に成り立ったのかどうか?
2.その動作や作用は、誰かの「作為」によって成り立ったのかどうか?
日本語は「何かの動作を表現する」という場合に、「動作の主」を必ず明確にしなければその「動詞」が使えないということはない。
この点がドイツ語などとの相違点だ。
日本語の「動詞」は、「動作」が「他に及ぶか、否か?」で「動詞」を全て「自動詞」、「他動詞」として弁別しようとする。これが日本語の曖昧なところの典型だ。
日本語の辞書をつくる人々は、「動詞」を「自動詞」か「他動詞」に区別して苦しむのはそのためだ。

?日本語では、「動詞」のあらわす動作が「自然に成り立ち、自然に行われていくのか」、それとも「誰かが作為的にするのか」を明示する場合には「動詞」の下に『る』『らる』、または『す』『さす』(助動詞)を加える。
これ以外にも、「動詞」自身に語尾を加えて、その区別を示した。次の例のとおりである。

  1. 動作が自然に成り立つ…「る」で区別する
    隠(かくる)、流(ながる)、離(はなる)、乱(みだる)
  2. 動作が作為性によって成り立つ…「す」で区別する
    隠(かくす)、流(ながす)、離(はなす)、乱(みだす)
  3. 動作が自然に成り立つ…「る」で区別する
    上(あがる)、懸(かかる)、重(かさなる)、変(かわる)
  4. 動作が作為性によって成り立つ…「す」で区別する
    起(おこす)、落(おとす)、降(おろす)、暮(くらす)
助動詞の意味

?助動詞「る」「らる」は、学校文法では「自発」「尊敬」「受身」「可能」という四つの意味をあらわすと教え、生徒はそれを暗記する。
では、なぜ、「る」「らる」という一つの言葉がそういう四つの意味をもつのか?

  1. 「る」「らる」の「自発」「尊敬」「受身」「可能」という四つの意味の根本は「自発」ということだ。「自然の成り行き」のことだ。
    日本人は、ものごとを「自然の成り行き」ととらえる傾向がつよい。多くの日本人は「成り行き」に従うことを最も安定して、安心のことだと考える。
    @安定…「委員会としては、○○することになりました」。
    A不安定…「委員会としては、○○することにしました」。

?「る」「らる」は「可能」も意味する。
文例「できるようになった」は、「一つのものごとが可能になった」という表現だ。
「できる」の古形は『でくる』である。「出来る」…「いでくる」ということだ。「出て来る」の意味だ。「形をなして、自然に現れ、出てくること」だ。
日本人は、「可能」ということを、奮闘努力の末に獲得することだ、とは考えなかった。ただ、自然の成り行きとして「そのこと」が「現れ出て来る」と認識した。

?「る」「らる」は「受け身」も意味する。
日本語の文の「受け身」の表現はヨーロッパ語とは違う点がいろいろとある。

  1. ヨーロッパ語の「受け身形」
    「悲しさが押し殺された」
  2. 日本語の「受け身形」
    「彼女は親に死なれて困っている」
    「あいつは妻に逃げられて独りで飯を炊いている」

英語では、「死ぬ」「逃げる」のような自動詞の「受け身」は、他動詞の「受け身」と同じように、be動詞をそのままに使って直訳しようとしてもできない。
He was died by his father.
は、英語として成り立たない。
しかし、日本語の「る」「らる」という助動詞は、それのついた動詞の「動作」が「成り行きとして自然に成就したこと」を表わす。だから「親に死なれた」という表現が成り立つ。
「親において、死ぬという動作がいつの間にか自然に成り立った」というのが意味だ。
「自分は親の死にかんして手を加えていない」「自然の成り行きとして、親の死という動作がいつの間にか自然に成立した」という言い方が成り立つ。これが「受け身」のしくみである。
日本語のこういう「自動詞」の「受け身形」は、多くの場合、「迷惑」をあらわすので「迷惑」の「る」「らる」といわれることもある。日本語の「受け身形」は、「自分が関与していないのに、自然の成り行きとしてある事態が成立する」という「意味」を基礎にしているから「自動詞の受け身形」をつくれるのである。

?「る」「らる」はなぜ「尊敬」をあらわすのか。
「校長先生は、東京に行かれた」
この文例は、「校長先生が東京に行く」という動作が自然に成立したということをあらわしている。自分は、校長先生の行動について手を加えていない、何も関与していない、ということが根本の意味だ。
現在の日本語の「尊敬語」は「相手を高く扱うか、低く扱うか」の上下の判断にもとづく場合がある。だが、日本人の「尊敬語」の基本の判断は、「相手を内(うち)の存在」と扱って馴れ合う存在と扱うか、それとも「外(そと)の存在」と見なして、疎遠の存在と扱うか、にある。

?日本人にとっての人間関係とは、「内」か「外」かが区別の基準になる。この基準にしたがって「尊敬語」の表現がつくられた。「外」(そと)扱いとは「疎遠」と扱うことだ。関係が薄いということだ。あまり近しくせず、馴れ合いの関係としないことが「尊敬の対象」とすることだ。だから、日本人の「尊敬の対象」とは「敬って遠ざかる」というのが根本の態度である。

敬語のメカニズム

?日本人の「尊敬の意識」は、個人にたいする理解の成熟によって発展するものではない。個人のもつ内容ではなくて「遠い存在」「遠くにあるもの。即ち恐怖」から始まる。
次のような発展の仕方と道のりをたどる。

  1. 恐怖…近づかない。遠くからじっと見る。様子をうかがう、という関わり方。
  2. 畏怖…怖くて震える。恐ろしくて緊張する。声も出なくて黙る。
  3. 尊敬…大切にして、傷つけないように離れた位置から見守る。
  4. 敬愛…親しみの心情とともに、身近に感じる。
  5. 親愛…自分の居るところの存在として一体感を感じる。
  6. 愛狎(あいこう)…趣味のように、どんなふうに扱ってもよい存在だと思い、そのようにふるまい、関わる。
  7. 軽蔑…取るに足らない存在だと見なす。
  8. 侮蔑…その存在を認めない。目の前からいなくなり、遠ざかっていって消滅をイメージする。

?日本語では、「動詞」のあらわす「動作」の「生起」「持続」「進行」「結果」について、これが「確実である」という判定を下す表現が加えられることがある。
それが「ぬ」「つ」という助動詞である。
助動詞「ぬ」…「行ってしまう」「目の前から消えてしまう」。
例…「去ぬ」(いぬ)
助動詞「ぬ」は、「な」「に」「ぬ」「ぬる」「ぬれ」「ね」と活用する。
「いぬ」…「自然の成り行きとしていつの間にか目の前から去ってゆく」。
意味…ある状態、動作が成立したとき、それが自然の成り行きとして確定的に成立した、自然の成り行きとして確認される、ということをあらわす。
例…「山も越え来ぬ」「里は離(さか)りぬ」「涙は尽きぬ」
「ぬ」のつく動詞は「移動する動作」を意味する語をつくった。
例…「来」「行く」「過ぐ」「近づく」「帰る」「至る」「漕(こ)ぐ」
「つ」という助動詞は「捨てる」という意味の「棄(す)つ」という古い動詞から転じてできた。
助動詞「つ」は「て」「て」「つ」「つる」「つれ」「てよ」と活用する。
「捨てる」は、動作の主が意思的に、作為的にする動作で、「目の前にほうり出す」という意味だ。次のような作為的な動詞、意思的な動詞につく助動詞である。
「暮らす」「散らす」「濡らす」「成す」「かざす」「見す」「干す」(ほす)、「見る」、「奉る」「語る」「告ぐ」「隔つ」

?現代語では「た」もまた「確認」のために使われる。
「た」は古典語の「たり」の子孫である。「たり」は「き」「け」「り」を用いて記憶の有無をあらわした。
この古典語から、過去を確実に存在したものとして把握するという仕方が広まった。ここから現代語の「た」は、「過去に関する判断」と「現在の事実の確定と確認」をあらわすのである。
過去…「5月6日に、武原はんさんの地唄舞を見た」
現在の確認…「ああ、見事にやったぞ」「あった、あった」

否定形の主観の内容

?不確定の判断の助動詞
希望の「たい」…「行きたい」「見たい」
鎌倉時代に「痛い」の「い」が脱落して成立した。心に「痛い」ほど強く感じられるということから、「何かが欲しい」という意味に転じた。
「振りたき袖を忍びてあるかも」(万葉九六五)
「振りたいと思う別れの袖」という意味だ。これが後世の「たい」の源流といわれる。
「…そうだ」は「様だ」を字音で読んだ言葉だ。
「雨が降りそうだ」のように連用形を受ける。「そうだ」の「そう」は「様」の穏便形だと思われる。
助動詞「う」「よう」は「意志」「勧誘」をあらわす。
助動詞「なり」は、歴史をたどると奈良時代の東国で発達した。
関西では「し」を使った。
「なふ」「なへ」という活用する否定の助動詞があった。
江戸時代の『雑兵物語』に例文がある。
「知らないで」
「放れないで」
「着ないで」
江戸時代に「ない」は「形容詞の『ない』」と混合した。
「なく」「ない」「なけれ」という形容詞型の活用をもつようになった。もともと「形容詞的な表現」の「ず」が否定形と似ているところから「否定」の「ない」と形容詞「ない」と融合して否定的な表現で「形容詞的な表現」をおこなうようになったと思われる。

?山田孝雄(よしお)博士は、「日本語には未来形というものはない。推量形があるだけだ」と述べている。

  1. 1.日本語の「推量」「回想」とかの助動詞「む」「らむ」「けむ」「じ」「き」「けり」などが「時」(とき)のとらえ方、判断の仕方の「型」を示す。
  2. ヨーロッパ人は、時(とき)を「過去」「現在」「未来」と一直線に進行していく空間的な構造をもつものととらえている。
  3. 日本人の「時」(とき)は、「主観」の中に茫漠として存在し、空間的な序列をもって区分されるものではなかった。それは、主観という主体による想定や推量の中にある。
    日本人にとっての「未来」をあらわす助動詞…「む」「らむ」「らし」「まし」。
  4. 古典形の「む」の文例
    「われ取らむ」「われ行かむ」……意思の表現
    「鳴り高く、鳴り止まむ」(おしゃべりを止めなさい)……命令の表現
    「花咲かむ」(花が咲くだろう)……話し手の推量
    「逢ふこともあらむ」(会うこともあるだろう)……推量
  5. 現代の表現形式「う」の変化の文例
    「どうしても私は行こう」……自分の意思の表現
    「起きよう」……勧誘
    「花が咲くだろう」……推量
    この文例に見るように「む」も「う」もきわめて主観的な表現であることをもって特色とする。
日本の言語学

■国語学者・大野晋による「日本語の文法」のしくみの説明をご紹介しました。ご紹介の主旨は、日本人の分裂病の生成の契機の実体と根拠をとらえることが目的です。

 大野晋の「日本語の文法」によらなくても、日本人は、日本語によって思考し、表現して、行動することは自明のことです。

 日本語にかぎらず、どこの国の「言葉」でも、その「言葉」を対象言語としてとらえるときは、「言葉のしくみ」とはどういうものか?を問題にします。

 その「しくみ」が「文法」です。

 言葉の文法で中心となるものは、「名詞」「動詞」「形容詞」です。そこで、大野晋ののべる「日本語」の「名詞」「動詞」「形容詞」に焦点をあてて、その全体像を再構成してご紹介しました。

 では、なぜ大野晋の学説を取り上げるのか?といいますと、その前提となるところは次のとおりです。

日本語の「動詞」の変化
(金田一春彦『日本語』(下巻) 岩波新書より)

1.日本語の「動詞」は、「二類・四種」の変化形をもつ。

2.二類…
@「それ以上変化しない形」(活用形。一つしか機能をもたない形)。
Aさらに変化する形(派生形。二つ以上の機能をもつ形)。

3.@の系統
a文の最後に用いられるもの。『(終止形の)書く』『書け』『書くな』『書こう』『書くまい』
@の系統
b文の途中に用いられるもの。『書いて』『書き』『(連体形の)書く』『書けば』『書いたり』
@の系統
c助詞の類をつけて用いられるもの。『書きそう』『書きかけ』

4.Aの系統
『書いた』『書かせる』『書かれる』『書きたい』『書かない』『書ける』

5.以上の語形変化は「服部四郎」による。

6.大野晋の説では、『書け』は、「動詞+終助詞」ということになる。

7.三上卓は、@のaの形を「シャルル=バイイ」のいう「動詞のモドゥス」という。「主観表現」のことだ。

8.松下大三郎は「感動詞」と「感動助詞」のみが「主観表現」の語とした。

9.時枝誠記は、全ての助詞、接続詞、大部分の助動詞と副詞を「主観的表現」として『辞』と称した。それ以外が『詞』であるとした。

10.筆者(金田一春彦)は、感動詞、感動助詞、係助詞、助動詞といわれているもののうち『う』『よう』『まい』、動詞の命令形だけを「主観的表現」とし、あとは「客観的表現」とした。

11.「主観的表現」は、「文の切れるところ」に使われる。「客観的表現」は「文の途中」に用いられて「名詞を修飾する言葉」の中に用いられる。

12.Aの系統は「話し手」の主観の要素を欠く。
@のaは「助詞」「助動詞」の助けをかりて「客観的表現」をあらわす。
@のbは「接尾語」「補助動詞」をつけて「動詞の客観的表現」をあらわす。

日本人の「主観」の構造

■このように、日本語による「主観の表現」と「客観の表現」が問題になります。

 「主観」とは、「自分一個の意見や認識」のことです。人間の生理的身体の上に乗っている心や精神に対して、その人間の内面の外にある「外界」(がいかい)に対する意識のことです。「自我」ともいいます。

 「自分だけで、○○と思う」という意識の表象のことです。

 「客観」とは、「主観の認識、行動主体の人間にとっての行動の対象になるもの」のことです。

 人間の自我や生理的身体とは無関係に独立して存在するもの、のことです。一般的には、誰が見ても「もっともだ、そのとおりだ」と認識できる立場で「ものごとを考えること」のことです。

 このような判断の基準を立てて「日本語」を「対象言語」としてみると、「日本語」について考える「日本の文法家」は、相当程度に「主観的な説明」をしていることが分かります。しかし、大野晋は、日本語の生成のしくみと発展という観点から「対象言語」にしています。

  • 今日でこそ日本語は文字をもち、日本人の99%以上は文字を読むこと、書くことができる。だが日本人が文字を持ったのはようやく奈良時代頃にすぎない。
  • それ以前は、文字を持たなかったにもかかわらず、日本語は話され、聞かれ、その役を果していた。言葉の媒体となったのは「音声」だけだった。
  • 「音声」が「言語」で担っていた役割は今日よりもはるかに大きかった。文字という媒体を持たない言語社会では、音声の変化、音声の融合と「文法」との関係はきわめて密接だった。それゆえ、「活用形の起源」を考える上では「音声」のことを考えることは有意義である。
日本語による「中立表現」と「客観表現」の対策

■また、大野晋は「トールレイフ・ボーマン」の『ヘブライ人とギリシャ人の思惟』を根拠に、日本人の文法の中に「時制の観念」が確立されていないことをつきとめています。

 「ヨーロッパ人は、前方へ眼を向けて、視覚に訴えて時間の線のある一点に立っている、と想像する。我々のいる瞬間は現在である。「今日」「今」、「我々の立っている場所」を指示する。我々の前方に「未来」があり、我々の背後に「過去」がある」。

 「カントは、時間を一種の『延長』と見ている。『延長』はこまかく区分することができる。規定された時間の量を考えることができる。時間を、空間との対比で把握することで、時間点とか、時間線とか、時間間隔という観念が生じる。だが、日本人の古典的な時間の把握は『未来』という観念が無い。これが『文法』にも構成されている」(大野晋)。

■大野晋の「日本語の文法」の解析をとおして分かることは、文法のメカニズムは「主観」を中心にして成立しているということです。

 これが、日本人の「精神分裂病」の生成の「契機」です。

 「主観」を第一義に立てて「客観」を疎外しているのが日本語の文法の成り立ち方です。

 金田一春彦の紹介する日本の「文法家」は、動詞の文法の定義づけにあたり、「話し言葉」で話される「主観」を前提にしています。

 ドイツの「H・ミュラー」は、「分裂病とは、言語にたいして不適合が原因である」と考察しています。すると日本の「文法家」は「主観」という『連想』にはまりこむことで「分裂病」に陥っているといえます。

 曖昧な「主観」による『連想』の典型が「否定語句」による「肯定表現」です。

 しかし、大野晋は、助動詞の「ない」(「○○くれない」「知らない」等)の『ない』は、江戸時代までは「形容詞」の「語」で用いられていた、と解析しています。

 すると、現代の日本人は、「雨が降るかもしれない」の『ない』を無意識に「形容詞」として用いていると考えられます。

 日本語を用いて「分裂病」になる不適合を避けるには、「中立表現」として、「否定語句」を形容詞による「肯定表現」にして書き言葉でおこなうというのが対策です。なぜかというと、日本人の「会話」は、「内」か「外」かに規定された「省略表現」になりやすいからです。

 さらに「客観表現」のためには、「名詞」と「形容詞」を具体性の次元から「抽象の次元」の「名詞」と「形容詞」で書く、ということが求められます。「動詞」による表現は、「時間性のプロセスを表現する」ことで、客観性を支えることができます。

 参考になるのは「遠山啓」の『数学入門』(上下巻。岩波新書)です。

カウンセラー養成ゼミ NEWSLETTER 第226号 一部掲載

関連
再生と変革のための日本語の能力 「数学入門」(上)


連載
前回:分裂病の解体学・VI 「日本語」(金田一春彦)
次回:分裂病の解体学・VIII 客観表現のモデル「ハーバード流交渉術」

参考:脳の働き方の学習のご案内

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「女性」「子ども」のこんな心身のトラブルならあなたにもすぐ解消できます。

「女性向け」、「男性の“女性”対応」のカウンセリング・ゼミです。
女性は「相手が喜ぶ」という共感がないと、ものごとを正しく考えられません。

女性と心を分かち合える「脳」を、最高に発達させる!!が教育の狙いと目的です。女性を「見る」「見たい」、女性から「見られる」「見られたい」関係をつくる、カウンセリング術です。

女性の「脳を健康を働かせる」!安心と安らぎを分かち合う、が教育のテーマと目標です。「気持ちが安心する。だから、知的に考えられる」という女性の本質を支えつづけるカウンセリング術です。

女性の脳の働きが伸ばす「人格=パーソナリティ」を目ざましく発達させる!が教育の方針です。 女性が社会性の世界(学校・仕事・社会の規範・人間関係のルール・合理的な思考)と、知的に関われる!を一緒に考えつづけるカウンセリング術です。

ストレスを楽々のりこえる女性の「脳」を育てる!!が教育の人気の秘密です。女性は、脳の働きと五官覚の働き(察知して安心。共生して気持ちよくなる)とぴったりむすびついて、一生、発達しつづけます。


脳と行動の診断

人の性格(ものの考え方)が手に取るように分かる「心の観察学」

心の病いに感染させられない「人間の関係学」がステキに身につきます。

心の病いを救出する、心と心をつなぐ「夢の架け橋術」

相手に好かれる「対話術」がまぶしく輝くので、毎日が心の旅路。

相手の心の働きのつまづきが正しく分かって、「正しい心の地図をつくれる」ので、損失、リスクを防げます。

性格のプロフィールが分かるから正しく「教え・育て・導く」ができる本物の社会教育の実力が身につきます。


よくある質問

学校に行くとイジメがこわいんです。私にも原因ありますか?

怒りっぽいんです。反省しても、くりかえしています。治りますか?
脳と心の解説

「仕事・人生・組織に活かすカウンセリング」です。他者の心身のトラブルを解消できれば、自然に自分の心身のトラブルも解消します。

プロ「教育者」向けのカウンセリング・ゼミです。
人間は、誰でも「気持ちが安心」しないと正しく「ものごと」を考えられません。

「脳を最大限に発達させる」が教育の狙いと目的です。「指示性のカウンセリング」とは、 「一緒に考える」「共感し合って共に問題を解決する」カウンセリング術です。ものごとには「原因」(脳の働き方)があるから「結果」(心身のトラブル)があります。

「脳の健康を向上させる」、が教育のテーマと目標です。「指示性のカウンセリング」は、「考えたことを実行し、考えないことは実行しない」 という人間の本質を、最後まで励まし、勇気づけるカウンセリング術です。

脳の働きがつくる「人格=パーソナリティ」を育てる!が教育の方針です。
「指示性のカウンセリング」は社会性の世界(学校・仕事・社会の規範・人間関係のルール・合理的な思考)と正しく関わる!を一緒に考えつづけるカウンセリング術です。

ストレスに強い、元気に働く「脳」に成長させる!!が教育の魅力です。
「指示性のカウンセリング」は五官覚(耳、目、手、足、鼻)を正しく発達させて、言語の能力も最高に発達させるカウンセリング術です。


脳と行動の診断

「心の病いの診断学」が楽しく身につきます。

心の病いの予防と解消の仕方の「人間の理解学」が身につきます。

心の病いに気づける「人間への愛情学」が驚くほど身につきます。

「交渉術」の知性と対話の能力が目ざましく進化しつづけます。

相手の心の病理が分かって、正しく改善できるので心から喜ばれます。「心の診断術」

病気になるということ、病気が治るということが正しく分かる、最高峰の知性が身につきます。


よくある質問

朝、起きると無気力。仕事にヤル気が出ません。うつ病でしょうか?

仕事に行こうとおもうと、緊張して、どうしても行けません。治りますか?
バックナンバーの一部を9期後半分より、随時掲載していきます。
詳しくは下記をクリック
 ゼミ・イメージ切り替え法
 バックナンバー第7期まで
 バックナンバー第8期から
 ゼミ・イメージ切り替法の詳細
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 自立した女性の性と家庭教育ゼミ
 カウンセラー養成ゼミ
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 戦う男性の社会教育ゼミ
入会も随時受け付けています。
入会と同時にご希望のバックナンバー等、ビデオ(DVD)学習で、学んでいただけます。


ゼミの見学、ゼミのバックナンバービデオ(DVD)試聴も無料です
ニューズレターと共にお送り致します。 詳しくは「入会案内」をご覧下さい。
ポルソナーレのゼミの様子をYouTubeに公開しました。

脳を発達させる日本語トレーニングペーパー

一部公開しました。
トップページ NEW! 年間カリキュラム 学習の感想と学習成果 「日本人の思考」と「谷川うさ子王国物語」と「グローバル化の恐怖」
学習内容(サンプル) 「言葉」 日本語の影響。その仕組みと感情、距離感、人間関係について
「脳を発達させる日本語トレーニング・ペーパー」の役立て方の資料
『分裂病の自己診断表と自己診断』
男性に嫌われない女性の話し方
女性に嫌われない男性のしゃべり方
を教えます

ポルソナーレのマスターカウンセリング

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脳の働き方 百物語
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「第19期」(平成29年・2017年)ゼミ、開講中!
受講生の皆様へ 平成25年冬版 ポルソナーレからの真実の愛のメッセージ
受講生の皆様へ 平成25年5月5日 版 ポルソナーレからの真実の愛のメッセージ 詳しくはこちら!
ポルソナーレ代表
 田原ごあいさつ

 
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時代の病理デウスドクター初期ノート ハンナ・アーレントの哲学入門 『人間の条件』 谷川うさ子
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