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カウンセラー養成ゼミ NEWSLETTER 第214号
11期3回め平成21年3月14日

ハーバード流交渉術・脳の働き方と言語の学習回路
浅見鉄男「井穴刺絡・免疫療法」

脳の働き方・言葉の生成のメカニズム
書き言葉の生成・X

日本語の解体学
「メタファー思考」(瀬戸賢一)

はじめに

 カウンセラー養成ゼミ、中級クラス、スーパーバイザーカウンセラー認定コース、Aクラス、29のゼミをお届けします。
 本ゼミは、日本語とその書き言葉の生成の脳の働き方のメカニズムを解明して、今、前人未踏の領域を疾走しています。
 ご存知のとおり、脳にかんしてはさまざまな本が書かれて、それが著名人の名によるものですでに一万部近く売れている様相です。そのほとんどがfMRIや生態学的な解剖学にもとづくもので、「言葉の生成」のメカニズムの説明には指一本触れられていません。ここに、「日本の知の危機」の実体があります。グローバル・リセッションが深まる中、未来への道を切りひらくためにも、さらに日本語の解体をおしすすめます。

ポルソナーレ代表田原克拓

本号の目次

  1. 日本語と日本人の脳の働き方は密接に関係しています
  2. 日本人の「うつ病」の発生の起源
  3. 日本人の「共同幻想」の実体
  4. 日本人の「ものごと」の変形のさせ方
  5. 日本人が、どんなことでも自分に融合させる
  6. 日本語の「ものごと」を融合させるメカニズム
  7. 日本語の「文法」は価値あるものを自分のレベルに陥れて無価値化する
  8. 日本語の文にとって「美」とは何か?
  9. 日本人に欠如している「説明力」の乏しさのメカニズム
  10. 瀬戸賢一は、「分かる」ということについて、次のように書いています。
    (『メタファー思考』講談社現代新書より)。
  11. 日本人の「分かる力」の回復のさせ方
  12. ポルソナーレ式イメージ療法(プログラム) うつ的思考を改善するイメージ療法

脳の働き方・言葉の生成のメカニズム 書き言葉の生成・X
日本語の解体学
「メタファー思考」
(瀬戸賢一・講談社現代新書よりリライト・再構成)

日本語と日本人の脳の働き方は密接に関係しています
 「故事・ことわざ」に「芋(いも)の煮えたも御存じない」があります。

 どういう意味でしょうか?説明文には「おっとり育って世間知らずなこと。甘やかされて育って、誰もが知っているような常識を知らない人のことを笑う言葉である」と書かれています。

 芋(いも)が煮えたかどうかも見分けられないということを笑う意味の「故事・ことわざ」です。

 しかし、大野晋(おおのすすむ、国語学者)は、「日本語」の起源についての説明の中で、こんなふうに書いています。

  • 日本の古代の助詞の使い方を見ると、古代の当時の人々の人間関係の把握の仕方がよく見えてくる。それは、助詞の「ノ」(の)と「ガ」(が)だ。
  • 現代では、助詞の「ノ」と「ガ」はどんな名詞の下にでも付く。
  • しかし、古代の日本では、助詞の「ノ」と「ガ」の付く名詞は鮮明に使い分けられていた。「ガ」の使い方はひどく限定されていた。
  • 「ガ」の使われ方…「我が子」「我が君」のように用いられている。「わ」(我)、「あ」(吾)、おの(己)、な(汝)、き(君)、いも(妹)、せこ(背子)、わぎも(吾妹子)、おもふこ(思ふ子)、ちち(父)、はは(母)などに付けられた。「自分自身」または「自分に近しい人間」の下に付いた。それが、「ガ」全体の使用度数の80%以上を占めていた。
  • 「ノ」の使われ方…人間に付くときは「大君の命(みこと)」、「大宮人の舟」のように用いられている。
    「大君」「皇祖」(すめろき)、「大宮人」「大和女」(やまとめ)、「ますらを」「いとこせ」(愛子夫)、「大伴」、「土師」(はじ)、「海人」(あま)、「釣する人」などの下に付いた。
  • 「ガ」と「ノ」の違いはどこにあったのか。「ガ」は自分を中心とするわが家の住人に使っていた。わが家は垣根で囲まれている。その垣根の中の人には「ガ」を使っていた。
    この垣根の外は「外扱い」になる。
    「外扱い」の対象は全て「ノ」を使ってあらわしていた。
  • 地名はほとんどが「外扱い」だから「ノ」が付く。「ガ」は少数、地名、動植物に付くことがある。これは、「内部の人」に準ずる扱いを受けるようになったことをあらわしている。
  • 原始日本語の社会では「内」と「外」(話し手のごく近い所と、それ以外)の区別がはっきりしていた。
    文法の助詞でも「内」(うち)扱いには「ガ」、「外」(そと)扱いには「ノ」と区別していた。
  • この「ガ」と「ノ」で名詞を区別することは時代と社会の推移とともにしだいにゆるやかになっていく。「ガ」の使用範囲の対象が広がった。
    平安時代、鎌倉時代に広がった。現代では、名詞によって遠近の区別をつけることはなくなった。
日本人の「うつ病」の発生の起源

■この大野晋の日本語の語源からとらえた日本語の特性についての指摘はたいへん重要です。

 なぜかというと、現代の日本人の心の病いは、「遠い所のもの」を「恐れ」と理解することからつくられる妄想が原因になっているからです。

 日本人の心の病いは、ほとんどが「対人不安」から始まっています。「人の目が恐い」から「外に出られない」といった病理は今の日本でも日常的に見られる妄想の病気です。この妄想は、他者が自分を遠くの位置からじっと観察しているように見ているというイメージが表象されています。このような妄想は、本ゼミの初級コースでくわしくご説明しているとおり、「大正時代」に激発しました。

 「人の目」がなぜ恐いのでしょうか。

 人の目は、「見る」ことが「分かる」ことに転じてメタファーになるように「自分の心の中」を見透かしてすみずみまで鮮明に明らかにするものだととらえられているからです。このような病理を「考想化声」(こうそうかせい)といいます。

日本人の「共同幻想」の実体

 ここには、欧米人のように、「人間には確立した主体とその意思」があるという理解はありません。

 人間は、「主体」と「意思」をもつものであるから、互いに行動のためのルールの言葉を合意し合う必要がある、という近代的な「共同幻想」は存在しません。吉本隆明が『共同幻想』の中で解き明かしているように、話し言葉の中に「禁制」や「黙契」というルールを投げ網のように投げかけておおいかぶせた「アジア型の共同幻想」しかありません。

 「アジア型の共同幻想」とは、「母と子」の血縁関係を擬似血縁意識にまで拡大した、生理身体の自然性の延長にある「共同幻想」のことです。

 「共同幻想」とは何のことでしたでしょうか。人間の「観念の世界」に人工的につくられた「航空の運行地図」とか「船の海路地図」のようなイメージのことでした。地図という言い方をするのは、このイメージは「3人以上の人間」で合意されて生成されるものだからです。

 しかし、自分の身体を運転したり、操縦するのは「自分」という人間です。この「運行地図」は、たった一つではなくて、職場、自治体、政治、経済社会、国家、宗教など、人間が「3人以上集まってつくる集合体」(共同体)には、どこでもつくられます。

 「アジア型の共同幻想」というときにも、この「運行地図」がひとりひとりの人間の「観念の世界」に生成させられています。

 しかし、「アジア型の共同幻想」の特質は、ひとりの人間が自分の「意思」で「主体的」に「運行地図」づくりに参加して合意したのではない、というところにあります。「みんなが言っているよ」「誰もがこんなふうに、あなたのことを嫌っているよ」「世間があなたのことを許さないだろう」などという言い方が多くの人にとって真実味をもって受けとめられるように、「ウチ」(内)の中の人間はみんな同じ地続きの関係にあるから、成員の誰もが従っている行動の規制に「自分」も従属して同じ行動をとる、というように合意させられて生成した「運行地図」です。日本人は、このアジア型の共同幻想を生成する「運行地図」を、古代日本の原始社会の「言語」のとおりに「観念の世界」に恒常的に表象しつづけているのです。

 合意せられている「行動のルール」とは、大野晋がのべているとおりの「遠い所にあるものは恐いものだ」という黙契です。「遠い所にあるものには、手を加えてはいけない」という禁制です。だから、「うつ病」、「不登校」、「引きこもり」などの「うつ病」は遠い所にあるものと見なされて、何年にもわたって放置されます。

 「自然の成り行きのままにまかせる」という禁制にしたがって、治らない抗うつ薬を「あの優しいお医者さまが言っているのだから飲みなさいね」と服用を強いつづけます。「もう飲みたくない」と抵抗すると、「医者に悪いじゃないか。これまでの付き合いの義理がある。もう二度と、困ったことがあってもお願いできないよ」と「近い所のものは内(うち)扱い。自分と一心同体も同然の関係」の代弁者となって代理治療がおこなわれるのです。このような事実は、今の日本の日常の光景であると理解されるでしょう。日本人の間で、大正時代からとぎれることなく続いている「対人不安」という病理は、人間と人間の関係は、自分の意思で、自分の主体の責任において「運行地図の中に記されているルール(秩序)」を「媒介」として合意することで成り立つ、という共同幻想が無いことに由来しています。

 他者とは、行動のためのルール、決まりごとの言葉を差し出して、それが合意されたときからコミュニケーションが始まる、という「運行地図」(共同幻想)が「観念の世界」に存在しないことが、「人から言われた言葉がいつまでも気になって、緊張や恐怖のイメージを表象させる」のです。

日本人の「ものごと」の変形のさせ方

 ここで本ゼミの初めの「芋の煮えたも御存じない」に戻りましょう。

 この故事・ことわざでは、「芋の」というように「ノ」が助詞に用いられています。大野晋は、助詞の「ガ」は、現代ではあらゆる名詞の下に付けられていると説明しています。これは、現代の日本人は、ものごとを客観的に見ることをせず、つねに自分の身体の触覚の認知に引き寄せる分かり方をしていることを意味しています。「みんなが言っているよ」「誰もがあなたのことを変な人だと言っているよ」などの話し方がその典型です。「みんな」や「誰も」を自分の「内」(ウチ)の存在ととらえています。擬似血縁意識による「共同幻想」がこのように表象されています。

 「芋(いも)の煮えたもご存知ない」は、「芋の」というように助詞の「ノ」が付いています。「ノ」は、自分の家の垣根の外(ソト)にあるものの名称に付けられていたと大野晋はのべています。

 するとここでの「芋」を煮ている状況は、遠くに離れている位置で煮られているという光景になるでしょう。遠くに離れている所からは、芋が煮えたかどうかは判別がつきにくいことは、経験からもよく分かります。

 この故事・ことわざの真意は、自分の足で歩いて行って自分の目で確かめもせずに、自分の主観でものごとをとらえているので「芋が煮えた」という結果を見過してしまう、という主旨になるでしょう。

日本人が、どんなことでも自分に融合させる

 「芋の煮えたも御存じない」の故事・ことわざの意味は、大野晋ののべる和語(やまとことば)の助詞の使い方に従うとすれば、はじめの語意から外れて変容させられていることになります。これは意図的に変えたというよりも、日本人の脳の働き方に即した実感を言いあらわしたものであると理解することができます。

 なぜか?というと、日本人は「遠くの位置にあるもの」は、自分の家族の心の病いの「うつ病」、「不登校」、「引きこもり」も「手を加えない」「成り行きにまかせて放置する」という言葉を生成してきているからです。

 「心の病い」は、ものの考え方という抽象によってつくり出されます。

 心の病いの実体は、手で触って確かめることはできません。

 どんなに目をこらして調べても目に見えるようには認知できないものだから、「遠い所にあるもの」と全く同義です。この原則にもとづくと、「遠い所にあるものを独力で近づいて調べる」ということは考えの「らち外」にあるのが日本人の脳の働かせ方です。そこで「芋の煮えたも御存知ない」の意味が、分かりやすく変形させられたと推察することができます。

日本語の「ものごと」を融合させるメカニズム

 ここでご説明していることは、「日本語」のもつ「融合性」ということです。

 大野晋は、『日本語練習帳』(岩波新書)の中で次のように書いています。

@ 「はっきりしている」「はっきりした」という言葉を例にあげると、ここでは、日本語(和語)は、はっきりと「一つ」である。これにたいして、漢語(中国語)は「明白」「明確」「明晰」「鮮明」と4つある。和語(やまとことば)は紫式部の『源氏物語』に見る「ものうらめし」「ものうらめしげ」「なま憎し」「憎らか」など数多くの形容詞を造語して、情緒的な表現の言葉をこまかく発達させてきた。

A しかし言葉には、もともと明確にきちっと言いたいという要求がある。そういう要求にたいして、和語(やまとことば)は、たとえば「さっぱり」にたいして「こざっぱり」というような形で語彙(ごい)を増やしてきた。「馬鹿」にたいして「大馬鹿」「人を小馬鹿にする」などのようにだ。しかし、こういう「程度の大小」だけでは、ものごとを客観的に見て、こまかく言い分けることに限界がある。そこでどうしても漢語を使わなければならない場面が出てくるB日本語(和語)は、「はっきりと」という言葉を例にとると、漢語は「明白」「明確」「明晰」「鮮明」と4つだ。この4つには「明」という字が全部に入っている。「明」に加えて、「白」であるか、「確」であるか、「鮮」であるか「晰」であるかというように、もう一つの概念が、加わっている。二つの概念が組み合わせられて一つにまとめられている。

注・
明白…@はっきりとよく分かること。A疑う余地がないこと。
明確…@はっきりしていて確かなこと。A用例…「明確に規定する」
明晰…@明らかではっきりしていること。Aその概念と他の概念との区別がはっきりしていて、混同されないこと。
鮮明…はっきりしていて、他とまぎれず、鮮やかなさま(様子)。
明るい…@光が十分にさしている。A性格、表情、表現内容が晴れ晴れしている。B陰険なところがなく公明だ。Cそのものごとをよく知っている。精通している。

日本語の「文法」は価値あるものを自分のレベルに陥れて無価値化する

■大野晋は、日本語の語源の研究をとおして何を説明していることになるのでしょうか。

 日本語のもともとの言語は和語(やまとことば)です。これは、「話し言葉」だけで成り立っていました。「書き言葉」は、中国から漢字と漢語が輸入されて、漢字・漢語の「書き言葉」を取り込んで生成されました。それが「平仮名」です。平仮名が「和語」そのものであると理解することが大切です。なぜかというと、和語(やまとことば)の「文法」がそのまま日本人の「行動の仕方」になっているからです。脳の働き方の本質は、言葉と行動を生成することにあります。

 和語(やまとことば)による「行動の仕方」は、主に「人間関係が対象」です。そして次に、「自然物」が対象になっています。「自然物」とは、農作物や漁の魚や鳥やイノシシ、クマ、シカなどのことです。

 風や雨、雪、天候なども自然物のカテゴリーに加えられています。

 大野晋は、日本の古代人は「対象」を「内」(ウチ)と「外」(ソト)に区別して、この区別を文法の「助詞」によってあらわしてきたと日本語の語源研究から実証例をあげて説明しています。

 助詞の「ノ」と「ガ」の説明に見るように、「ガ」は「内」(ウチ)扱いのものに用いる、「ノ」は「外」(ソト)扱いのものに用いる、というのが日本語の文法のモチーフになっています。そして「芋の煮えたも御存じない」の故事・ことわざの「意味」の変形によってあらわされているとおり、和語(やまとことば)は、「遠くにあるもの」を「家の中に運び込んで内扱いする」ように、「ウチのもの」にして融合させてきたのです。このことについて大野晋ののべるところをご紹介します。

  1. 日本語の敬語とは、相手あるいは、話題とする人が「自分」と「どんな位置関係」にあると扱うかを言葉であらわすものだ。その気配り、気遣いを言葉であらわす仕方が敬語である。
  2. 一人称といわれているもの…「わたくし」「わたし」「わっち」「あたし」「あたい」「おれ」「おら」「おいら」「われ」「こちら」「こっち」「こちとら」「うち」「それがし」「手前」「手前ども」「自分」「僕」「我輩」「予」「拙者」「小生」「不肖」など。
    二人称といわれるもの…「あんた」「あなた」「こなた」「てまえ」「おまえ」「てめえ」「そなた」「そち」「その方」「なんじ」「きみ」「おぬし」「おのれ」「貴兄」「貴女」「貴君」「貴下」「貴殿」「貴公」「貴様」など。
    三人称といわれているもの…「かれ」「かの女」「あいつ」「あれ」「あの方」「あちら」「そいつ」「やつ」「そやつ」「こいつ」「こやつ」「御仁(ごじん)」など。
  3. 古い形に「コチノヒト」という言い方がある。「ココ」は自分の居る場所だ。「コチノヒト」は、「自分のいる方の人」ということだ。妻が夫を呼ぶ言い方だった。「コナタ」という呼び方は、男も女も相手を呼ぶ呼び方だった。
  4. 「ソチ」「ソナタ」は「ソ系」だ。「コ系」よりは少し遠い人を扱う。「上から相手を低く見て扱う」関係づけになる。
  5. 「アナタ」は、「遠い方」をあらわす。「アナタサマ」とも使え、敬意をもって相手を指す。
  6. 日本語では、「相手を遠くに位置づけて扱うこと」が敬意の表現法だった。
  7. 「アナタ」も「アナタサマ」も相手に敬意をもって言う言い方だった。
    それが「アンタ」と粗略に発音されて、近しく、なれなれしい扱い方になった。ときには侮(あなど)りの気持ちをあらわすようになった。
  8. 同じように「オマエ」はもともと「大前」が語源だ。「神様の前」のことだった。相手を崇(あが)めて使うのが本来の言い方だ。
    これが、「相手を親しむ気持ち」になって使われて、やがて、「相手を低く扱う気配」が加わってくる。日本の戦前には、「犬に話しかけるとき」「親が子に話しかけるとき」「夫が妻に話しかけるとき」は「オマエ」が普通になった。
  9. 「テマエ」は、「手の前」のことだ。
    自分の領域のことだ。初めは「自分のこと」を言いあらわしていた。「手の前」は「自分の手、すなわち自分の力の及ぶ範囲」のことだ。そこで「自分と対等、あるいは目下扱いにする相手」に用いられている。これが「テメエ」となれば「相手を見下げたののしり語」に近い。
日本語の文にとって「美」とは何か?

■ここでごらんいただいたのは、日本人が「和語」(やまとことば)を使って「対人関係」を「自分自身」と同化する仕方というものです。

  • 遠くにいた対象(人物)を、自分の領域(内。ウチ)に取り込むことで、自分にとってよく「分かっていること」に変えている。
  • 自分が対象の位置まで出かけて行って、そのものはどういうものであるか?を確かめているのではない。自分の家の垣根の範囲に運び入れることで、自分にとって「親しいもの」に変えるという手法である。
  • 「遠いもの」を「遠い位置関係」のままに扱うという「客観的な扱い方」は無い。日本人が「ものごとを分かる」という分かり方は遠くのものが自分の位置まで移動してくるか、もしくは、自分がその対象の位置まで出向いて行き、その位置、空間を「自分の領域と同じ扱い」に変えたときにここではじめて「分かった」という理解が成り立つ。
    ここに、日本語による表現の分りにくさの原因があります。大野晋の『日本語練習帳』には次のような文例が載っています。

文例・T
花は桜木。
人は武士。

■この文例は、日本語による表現で最も分かりやすい鮮明な文章の典型だとされます。理由は、「助詞」の「は」の下に付く名詞と、題目の「花」や「人」という名詞の距離が短いことです。
 「花は何がいちばんいいか?といえば桜木だ」「人は、何がいちばんいいか?といえば武士だ」という説明です。
 題目の「A」にたいして必要な情報の「B」までの距離が短いことが分かりやすい、完結な文章であるということです。

文例・U
春はあけぼの。夏は夜。

(『枕草子』)

 助詞の「ハ」(は)と結びの先の終点までの距離が長い文章はよくない、そして、「ハ」と終点までの距離が短く、「ハ」の行き先を早く明示することが必要だと説明します。

 この大野晋の説明は、「オマエ」はもともと「神様の前」の意味だったものが、自分の領域に取り込まれた瞬間に「親しい対象」に変容する、という融合のさせ方と同じです。

文例・V
仲のいい人どうしの食堂での会話。
「あなたは何?」
「私はキツネソバ」
「私はタヌキ」
「私はウナギ」

■これは、「春はあけぼの。夏は夜」の文体と全く同じです。「AはB」の形です。A(題目)とBの結びの終点までの距離が短いパターンです。

 誰もがこの文章を読んで、会話されている主旨を「私は、タヌキという動物である」「私は、ウナギという魚である」と言われているとは取り違えないでしょう。

 「あなたは、何を食べますか?」の問いに答えて、「私は、キツネソバを食べたい」「私はタヌキソバを食べたい」「私はウナギ丼を食べたい」という情報がすばやく、スピーディに答えられていると理解するでしょう。

 しかし、「分かる」「よく分かる」「正しく分かる」といういくつかのレベルでの「分かり方」を想定してみると、非常に不完全な情報であることにもお気づきになるでしょう。

文例・W
「私は今井君をなぐった佐藤君の横面をひっかいた田中君をけとばしてやった」

■この文章の結びは「けとばしてやった」です。大野晋は、この文章について「今井君をなぐった佐藤君の横面をひっかいた田中君を」という二重、三重の事実が示されているので、「私は今井君をなぐった」のか、いやそうではないのか?と読み手は緊張して読むことを強いられる、と説明します。「こういう文章は難解に近い」のでよくない、という評価です。しかし、この文章は、「田中君をけとばしてやった」という事実は明確です。事実と事実関係をよく描写していることには違いないので、「正しく分かることが可能な文章」であることは疑いありません。例えば、次のような文章が同じカテゴリーに含まれます。

日本人に欠如している「説明力」の乏しさのメカニズム
文例・X
たとえば農業生産から遊離して庶民の勤労の上に途食する階級と化した武士の存在根拠については、戦乱が鎮定して平和が続くと共に、当然問題となって来、山鹿素行は「士は耕さずしてくらひ、作らずして用い、売買せずして利する、その故何事ぞや。士として其の職分なくんば何も有さない。職分あらずして食用足らしめんことは遊民というなり」という反省をもって、その「士道」解明の筆を起こさねばならなかったが、そうした武士支配の理由づけにしても、朱子学者、雨森芳洲の言葉に典型的に表現されているが如く、「人に四等あり。曰く、士農工商。士以上は心を労し、農以下は力を労す。心を労する者は上に在り。力を労する者は下に在り。心を労する者は心広く志大にして、慮(おもんぱか)り遠し、農以下は力労して自ら保つのみ。これがなくなれば則ち天下小にして不平、大にしては乱る」として儒教経書に典根が求められた。
(丸山眞男『近代儒教の発展における徂徠(そらい)学の特質並にその国学との関連』)

■大野晋はこの丸山眞男の文章について、「センテンスが360字ほどから成っている」、「がを使ってつなげているので、A…が、B…という長くなるセンテンスになる」「話がゆるくなり、曖昧になる」と指摘しています。

 この丸山眞男の文章が分かりにくいと感じられるとすれば、それは、「遠い所にあるもの」を遠い所にあるがままに説明するということに由来しているからです。

瀬戸賢一は、「分かる」ということについて、次のように書いています。
(『メタファー思考』講談社現代新書より)。

@ 視覚による「見る」は「知る」に意味を展開する。
すると、「知る」は「見る」のメタファーである。同じように「分かる」も「見る」という視覚のメタファーである。

A 「分かる」ための条件とは何か?

  • 明るいこと
  • 区別がつくこと
  • 目立つこと
  • 見通せること
  • 覆われていないこと
  • 手に取れること
  • 一定の形をなしていること

B デカルトは『方法序説』の中で、ものごとを分かるための研究の原則をあげている。
第一の規則…私が明らかに真理であると知ったもの以外は、なにものも決して真理と認めないこと。すなわち、速断と偏見を注意深く避けること。そして、疑う余地がまったくないほど明晰かつ判明に私の心に現れたもの以外は、すべて私の判断から取り除かれること。

  • 「明晰かつ判明に」は有名な表現である。英語に置き換えればこうなる。
    明晰な…clear
    判明な…distinct
    いずれも、「明るいこと」「区別がつくこと」をあらわしている。「知ること」=「分かること」のためには、対象が「明るい光の中に置かれていること」が必要だ。
    「判明な」は、「区別がつくこと」と同じである。対象Aが対象Aであると分かるには、対象Bでも対象Cでもないと分けて、区別して見分けることが必要だ。
    「見分ける」とは、特定の対象をくっきりと浮き立たせることをいう。はっきりとした輪郭によって、対象を他と区別することだ。
  • 「見分ける」の英語の表現はdiscernである。
    1.I could just discern the shape of a horse in the mist.
    霧の中で馬の影をどうにか見分けることができた。
    2.It was difficult to discern which of them was telling the truth.
    どちらが本当のことを言っているのか見分けるのはむずかしかった。
    3.dis…離れて、cern…分ける、である。
    4.2のdiscernはメタファーである。心眼で見分ける、の意味だ。ちなみに、1の discernは肉眼で見ている。
  • 「目立つこと」もしくは「目立たせること」は「区別がつくこと」というメタファーである。「市が立つ」「舌が立つ」「弁が立つ」「腹が立つ」などのメタファーに転じる。対象を垂直の方向に伸び上がらせて突出させることだ。
    英語の「目立つ」はstand outだ。
    Didn't you realize she was interested in you?
    I should have thought it stood out a mile.
    彼女が君に気があることに気づかなかったの?分かりきったことじゃない。
  • 「平明」とは「分かりやすい」ということだ。「見通せること」のメタファーだ。
    障害物がない状態だ。「分かりやすくする」とは、一直線に見通せて、見通しを良くすることだ。
    平な…plain
    外に…ex
    説明する…explain
    見透かす…see through,
    penetrate
  • 「分かること」の条件の一つは「覆われていないこと」だ。対象が何かで覆われている状態では、対象そのものが見ている主体の目に入らない。覆いが取り除かれてはじめて、対象が何であるかが分かる。「発見する」というメタファーを構成する。
    覆われていない…discover
    発見する、見つける…detect
  • 「手に取るように分かる」は、「知る」「分かる」のメタファーである。「握る」「つかまえる」「つかむ」「とらえる」も同じメタファーだ。
    把握する…comprehend
  • 「一定の形をなしていること」は「分かること」の重要な条件である。「分からせる」には、「一定の形を成して見せること」が必要だ。無定形のものは捕捉できないからだ。「一定の形」をなしているものは、「分かる」に転じて安心をもたらす。「とらえどころのない不安」とは、「不安の原因」が一定の形をなしていないので、目に見えるようにとらえられない状態のことだ。そこで人は、「不安」について、自分の目に見えるように形をつくって安心を得ようとするのだ。
    一定の形をなしていることが「分かる」…recognize(認識する、分かる)
    再確認する…recognize
日本人の「分かる力」の回復のさせ方

■「分かること」は「見ること」から転じたメタファーであることをご紹介しました。このように見ると、大野晋ののべる「分かりやすい日本語の文章」は、事例としてあげた中で「丸山眞男の文章」がもっとも近いことが分かります。日本人は、「分かりやすさ」について、瀬戸賢一が「見ること」のメタファーの条件にあげている内容の「明るいこと」とその構成要素を全て崩壊させていることが分かります。

 それは、「見る」(みる)の同音類語の「看る」「観る」「覧る」「視る」「監る」「臨る」「鑑る」などの漢語を全て「みる」と和語(やまとことば)に取り込み、融合させてきたことに理由があります。すべて、「自分の家の垣根の範囲」に取り込むことで「目で見ることに違いはない」と完結させています。

 このように、日本語の特性について分かることにはどのような意義があるでしょうか。役に立つことをいえば、次のとおりです。

  1. 仕事で、他者に説明するとき、文章にしろ、話し言葉にせよ、「分かる」のメタファーを基準と目標にする。
  2. 脳の働き方は「見る」ことがベースになっている。「見る」のメタファーを中心に「見ること」をおこなうことが、「Y経路」による認知と認識に到達する。
  3. 日本の今のグローバル・リセッションは、瀬戸賢一のいう「分かる」のメタファーによって引き起こされている。同じように「分かる」のメタファーを用いて解明することが、ポスト・グローバル・リセッションの見通しの立て方になる。(これ以外の情報は、和語(やまとことば)への取り込みと融合による情報である可能性が高い)。
  4. 日本の人材育成は、デカルトのいう「分かる能力」をつちかうことが最も有意義である。

カウンセラー養成ゼミ NEWSLETTER 第214号 一部掲載

関連
「ハーバード流交渉術」・II 「超・心理バイブル」


連載
エクササイズ:ポスト「世界同時不況」の、史上最強の知性のつくり方を教えます
書き言葉の生成・V 『共同幻想論』 (吉本隆明) 「ラジオ型言語とテレビ型言語」
「共同幻想論」(吉本隆明) エクササイズ:ポスト世界同時不況の知性の学習モデル
『ラジオ型言語とテレビ型言語・U』 「赤ん坊から見た世界・言語以前の光景」
「共同幻想論・母制論」「未来に希望を描けない若者危機」
日本語という書き言葉の文法の構造「日本語練習帳」
「共同幻想論・禁制論」「フィンランドの教育力・なぜPISAで学力世界一になったのか」
日本語という書き言葉の生成の構造 「メタファー思考」
「共同幻想論・規範論」 「英語のできる子どもを育てる」
日本語という書き言葉の言葉の解体 「0歳児がことばを獲得するとき」
「ハーバード流交渉術」 「超・心理バイブル」
書き言葉の生成X 日本語の解体学 「メタファー思考」
「ハーバード流交渉術」・II 「超・心理バイブル」
書き言葉の生成XI 日本語の解体学・II 「日本語の起源」
「ハーバード流交渉術」・III 「無気力の心理学」
書き言葉の生成XII 日本語の解体学・III 「日本語練習帳」
「ハーバード流交渉術」・IV 「対人恐怖の人間学」
書き言葉の生成XIII 日本語の解体学・IV メタファーの生成と行動停止の起源
「和歌山毒カレー大量殺傷事件」に見る日本人の対人意識 「強迫観念」との交渉戦術

参考:脳の働き方の学習のご案内

「第19期」(平成29年・2017年)ゼミ、開講中!
受講生の皆様へ 平成25年5月5日 版 ポルソナーレからの真実の愛のメッセージ 詳しくはこちら!
 受講生の皆様へ 平成25年冬版 ポルソナーレからの真実の愛のメッセージ
女性向けカウンセリング・ゼミ、男性の「女性」対応・ゼミ

ゼミ・イメージ切り替え法

プロ「教育者」向けカウンセリング・ゼミ

カウンセラー養成ゼミ

脳と心の解説

教育方針は「教える・育てる・導くカウンセリング」です 。
「女性」「子ども」のこんな心身のトラブルならあなたにもすぐ解消できます。

「女性向け」、「男性の“女性”対応」のカウンセリング・ゼミです。
女性は「相手が喜ぶ」という共感がないと、ものごとを正しく考えられません。

女性と心を分かち合える「脳」を、最高に発達させる!!が教育の狙いと目的です。女性を「見る」「見たい」、女性から「見られる」「見られたい」関係をつくる、カウンセリング術です。

女性の「脳を健康を働かせる」!安心と安らぎを分かち合う、が教育のテーマと目標です。「気持ちが安心する。だから、知的に考えられる」という女性の本質を支えつづけるカウンセリング術です。

女性の脳の働きが伸ばす「人格=パーソナリティ」を目ざましく発達させる!が教育の方針です。 女性が社会性の世界(学校・仕事・社会の規範・人間関係のルール・合理的な思考)と、知的に関われる!を一緒に考えつづけるカウンセリング術です。

ストレスを楽々のりこえる女性の「脳」を育てる!!が教育の人気の秘密です。女性は、脳の働きと五官覚の働き(察知して安心。共生して気持ちよくなる)とぴったりむすびついて、一生、発達しつづけます。


脳と行動の診断

人の性格(ものの考え方)が手に取るように分かる「心の観察学」

心の病いに感染させられない「人間の関係学」がステキに身につきます。

心の病いを救出する、心と心をつなぐ「夢の架け橋術」

相手に好かれる「対話術」がまぶしく輝くので、毎日が心の旅路。

相手の心の働きのつまづきが正しく分かって、「正しい心の地図をつくれる」ので、損失、リスクを防げます。

性格のプロフィールが分かるから正しく「教え・育て・導く」ができる本物の社会教育の実力が身につきます。


よくある質問

学校に行くとイジメがこわいんです。私にも原因ありますか?

怒りっぽいんです。反省しても、くりかえしています。治りますか?
脳と心の解説

「仕事・人生・組織に活かすカウンセリング」です。他者の心身のトラブルを解消できれば、自然に自分の心身のトラブルも解消します。

プロ「教育者」向けのカウンセリング・ゼミです。
人間は、誰でも「気持ちが安心」しないと正しく「ものごと」を考えられません。

「脳を最大限に発達させる」が教育の狙いと目的です。「指示性のカウンセリング」とは、 「一緒に考える」「共感し合って共に問題を解決する」カウンセリング術です。ものごとには「原因」(脳の働き方)があるから「結果」(心身のトラブル)があります。

「脳の健康を向上させる」、が教育のテーマと目標です。「指示性のカウンセリング」は、「考えたことを実行し、考えないことは実行しない」 という人間の本質を、最後まで励まし、勇気づけるカウンセリング術です。

脳の働きがつくる「人格=パーソナリティ」を育てる!が教育の方針です。
「指示性のカウンセリング」は社会性の世界(学校・仕事・社会の規範・人間関係のルール・合理的な思考)と正しく関わる!を一緒に考えつづけるカウンセリング術です。

ストレスに強い、元気に働く「脳」に成長させる!!が教育の魅力です。
「指示性のカウンセリング」は五官覚(耳、目、手、足、鼻)を正しく発達させて、言語の能力も最高に発達させるカウンセリング術です。


脳と行動の診断

「心の病いの診断学」が楽しく身につきます。

心の病いの予防と解消の仕方の「人間の理解学」が身につきます。

心の病いに気づける「人間への愛情学」が驚くほど身につきます。

「交渉術」の知性と対話の能力が目ざましく進化しつづけます。

相手の心の病理が分かって、正しく改善できるので心から喜ばれます。「心の診断術」

病気になるということ、病気が治るということが正しく分かる、最高峰の知性が身につきます。


よくある質問

朝、起きると無気力。仕事にヤル気が出ません。うつ病でしょうか?

仕事に行こうとおもうと、緊張して、どうしても行けません。治りますか?
バックナンバーの一部を9期後半分より、随時掲載していきます。
詳しくは下記をクリック
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 戦う男性の社会教育ゼミ
入会も随時受け付けています。
入会と同時にご希望のバックナンバー等、ビデオ(DVD)学習で、学んでいただけます。


ゼミの見学、ゼミのバックナンバービデオ(DVD)試聴も無料です
ニューズレターと共にお送り致します。 詳しくは「入会案内」をご覧下さい。
ポルソナーレのゼミの様子をYouTubeに公開しました。

脳を発達させる日本語トレーニングペーパー

一部公開しました。
トップページ NEW! 年間カリキュラム 学習の感想と学習成果 「日本人の思考」と「谷川うさ子王国物語」と「グローバル化の恐怖」
学習内容(サンプル) 「言葉」 日本語の影響。その仕組みと感情、距離感、人間関係について
「脳を発達させる日本語トレーニング・ペーパー」の役立て方の資料
『分裂病の自己診断表と自己診断』
男性に嫌われない女性の話し方
女性に嫌われない男性のしゃべり方
を教えます

ポルソナーレのマスターカウンセリング

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